つくる、たべる、すごす、家族の文化誌「ONION」
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奥村彪生の朝ごはん

写真:中川正子 文:Onion

伝承料理研究家、奥村彪生。私はかつて関西テレビで放送されていた『今晩なに食べたい?』の大ファンだった。でも当時奥村先生がどんな料理を作っていたかまるで思い出せない。番組の最後の奥村先生の突拍子もないダンスやダジャレにすべて「もっていかれた」からである。料理家の大先生に対して大変失礼だが、当時の奥村先生の印象は「不思議な人」だった。あの番組のファンは皆そうではないだろうか?

そば粉のガレットにソーセージと玉葱の酢漬け、最後にチーズとフルーツを添えて


奥村先生に「いつもの朝ご飯は?」と聞くと「適当」と答える。余り物を適当に使って料理する。朝からガッツリ。リゾット、カツ丼、チャーハンetc。「朝ごはんは明るいほうがいい。味噌汁は嫌い。だって色が暗いでしょ?」と先生は続ける。今日の朝ごはんは、そば粉のガレット。ガレットとはフランスのブルターニュ地方の料理で、要はそば粉を使ったクレープのようなもの。そば粉、卵、水を溶いてフライパンで片面だけをさっと焼く。

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そば粉は食物繊維、たんぱく質が豊富で朝ごはんに丁度良い。あとはウインナーを茹でて、冷蔵庫から作り置きの玉葱の酢漬けを取り出す。玉葱、人参、セロリ、米酢、薄口醤油、砂糖だけ。作り置きしておけばビーフステーキや焼き魚のソース、ごはんにしらすと混ぜたお寿司など何にでも使える。野菜の切り方も適当。「丁寧に均一に切る必要なんてない。むしろ薄いの厚いの色々あっていい。食べたときの食感、音のリズムがいいじゃない。そういうのも食を楽しむということ」と先生は言う。「食とは色と音のリズムを楽しむもの。適当とは手を抜くことじゃない」。私はメモ帖にそう記した。ガレットにウインナー、粒マスタード、玉葱の酢漬けを盛りつけて、さっと包む。これに、今朝、妹が届けてくれたという葉つきのみかん、いちご、友人の岡山県吉備高原にある「吉田牧場」の吉田全作さんから届いたチーズをワンプレートに盛りつけて完成。奥村先生はワンプレートを好む。理由は「めんどくさい」から。洗い物はできるだけしたくない。ガレットにした理由もそう。ナイフ、フォークは使わずに済む。でも手を使って食べるのにはもうひとつ理由があると言う。

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「人は本来手で食べていた。食べ物の刺激、固さや温度をまず手で感じ、次に口に入れて舌で味わい、口内全体で感じる。そして排泄するとき肛門で感じる。食べるということは、人間を通過する全ての過程で食を感じること」。奥村先生は伝承料理を研究する過程で日本の食のルーツを縄文時代まで遡って想像力を膨らますのだと言う。普段の、のほほんとした佇まいから発せられる言葉は柔らかい。しかしそれは次第に厚みを増し、やがてそれが哲学なのだと感じられてくる。 「こうしなければいけないという生き方なんてない。食べることだって同じ。伝統とはやぶるもの」。伝承料理研究と聞くと頑なに型や作法を受け継ぐものだと考えていた私には目から鱗だった。奥村先生の『今晩なに食べたい?』から今回の朝ごはんを通じて思ったのは、まさにこういうことだった。最後に先生に自らを振り返って頂いた。「これまで嫌なことは何もなかった。心がけているのは歳をとっても心は幼稚であること」。奥村彪生、今年10月に80歳を迎える。

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奥村彪生( おくむらあやお)


1937年生まれ、伝承料理研究家、奈良県香芝市在住。日本の家庭料理研究の第一人者である土井勝氏に25年間師事、土井勝料理学校の教務主任を務める。日本の伝統食や民俗料理、食文化を長年にわたって研究している。「日本めん食文化の1300年」(農山漁村文化協会)で第一回辻静雄食文化賞受賞。ほか著書多数。

そば粉のガレット


そば粉、卵、水( 塩は入れない) を溶いてフライパンで薄くのばして片面だけさっと焼く。



玉葱の酢漬け(作り置き)


玉葱、人参、セロリを適当に切る。米酢、薄口醤油、砂糖を加えて冷蔵庫で寝かせる。

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